hnwの日記

老人の昔話(Emacsについて)

数年前に書いた文章を見つけたので公開してみます。


そのまた大昔、1つのワークステーションを1部署の全員で使っていた頃、 Emacsなんて贅沢なエディタを使う若者は敵視されていたそうです。僕も聞いた話ですので、本当かどうかは知りませんけどね。当時の老人が使うエディタはvi、ひょっとするとedやその他の歴史上のエディタだったのかもしれません。


そこまで昔の話ではないのですが、僕が初めて触ったUNIXマシンはオムロンのLUNAというワークステーションで、当時僕は高校生でした。このマシンでもEmacsは明らかに重いエディタでした。 Emacsと叩いてからXの窓が出てきて、さらに初期化をしてエディタとして使えるまでに 20秒はかかっていたように思います。それでも皆Emacsを使っていたわけですから、今では想像もできない状況ですよね。


(補足しておくと、体温計とかを作ってるあのオムロンが大昔はワークステーション事業をやっていたんです。このLUNAのCPUはモトローラ製でした。今じゃ考えられませんが、当時はワークステーション事業は有望と考えられていて、電機メーカー各社が自社製品を投入していました。 1985〜90年頃でしょうか。)


蛇足になりますが、当時の僕はPC-9801MS-DOSしか知りませんでしたから、UNIXでネットワーク越しに他人のマシンのCPUを使えることがとても新鮮でした。好奇心から他人の座っているマシンにtelnetでログインして Emacsを10個くらい起動してみたところ何故かOSごと落ちてしまい、その席に座っている人はとてもパニクっていました。今更ですが本当にごめんなさい。


で、僕が大学に入ったころはSunのSS20 (売れ筋ワークステーションでしたが、今にして思えば無印Pentium100〜166MHz程度の性能でしょう) に7つのX端末がぶらさがる構成でした。このマシンはさすがにEmacsを何個起動しても落ちることはありませんでした。しかし、一人がEmacsを4,5個起動したりすると、メモリ不足からか異常な重さになったものです。この頃になるとさすがにEmacsを使うこと自体に文句を言う人はいませんでしたが、 Emacsを複数立ち上げる人間は締め上げられたものです。ちょうどこの頃にEmacsがフレーム機能を実装したため、 Emacsを複数起動する人は言い訳ができない状況でした。


大学3年生になると1人1台のSS20を使えるようになりましたが、それでもEmacsガベージコレクションをしている間の待ちが数秒あったと思います。ときどきガベコレで編集作業が止まるようなエディタに、大多数の人間が満足していました。 (今にして思えば、当時のEmacsはガベコレの方式が拙く、ロックを取らないとガベコレができない実装だったために待ちが発生していたのかもしれません)


いまは当時の最新鋭ワークステーション以上のマシンを 1人1台使えているわけで、全くいい時代です。大昔は各人がEmacsを使うかviを使うかが全員の死活問題だったのに、今では趣味の問題でしかないのです。 Emacsは複数起動するもんじゃないんだよ、なんて言ってる人間が老人呼ばわりされる日も近そうです。